これまでいくつかのパラスポーツ体験に挑んできた猪狩ともかさん。しだいに、彼女の中には短時間の体験だけでは得られない、パラスポーツが持つ魅力に触れたいという思いが芽生えてきた。そこで今回、中学時代にはソフトテニス部に所属していたということもあり、以前から興味のあった車いすテニスへ本気のチャレンジをスタート! 初めてのレッスンに密着した。
チャレンジ前の目標
──まずは、ラリーができるようになりたい!
猪狩さん:タレントの武井壮さんが初チャレンジで、ラリーまでできるようになったと聞きました。私はソフトテニスの経験もあるので、今日、ラリーまでできる確率は5分5分かな?(笑)。と、ちょっと大きく出てみました。でも、ラリーができたらきっと楽しいはず。そして、いずれは試合にも出たいですね!
ガチチャレンジをサポートしてくれるのは、車いすテニスの名門、TTC
今回のチャレンジに協力してくれたのは、公益財団法人吉田記念テニス研修センターが運営する、TTC テニススクール(千葉県柏市)。テニスコートは屋内外に14面、さらにフィットネスルーム、シャワールームなどのさまざまな施設をもつ大型スクールだ。故吉田俊二氏、現吉田宗弘理事長の寄付により、1990年に開業。現在プロとして活躍する松井俊英選手、美濃越舞選手など数々のテニスプレイヤーを輩出してきた名門クラブで、車いすテニスの世界チャンピオンである国枝慎吾選手をはじめ多くの車いすテニスの選手たちも、ここをホームとして活躍する。
猪狩さん:仮面女子の猪狩ともかです。今日はよろしくお願いします! テニスは久しぶりなのでがんばります!
板谷さん:こんにちは! ようこそTTCへ。企画主任の板谷智美です。猪狩さんは、中学時代にソフトテニスの経験があったそうですね。
猪狩さん:はい。中学の3年間、部活としてやっていました。ダブルスでは、ずっと後衛でしたね。
板谷さん:どうしてソフトテニス部に入ろうと思ったんですか?
猪狩さん:ウェアのスカートがかわいくて、はきたかったんです(笑)。入部当初、先輩たちが自己紹介をしてくださったとき、『前衛の〇〇です』『後衛の〇〇です』って言うんですよね。でも私は、後衛を『光栄』だと思っていて(笑)。私たちが入部したことに対して光栄だって思ってくれてるんだ! と思いきり勘違いしてたくらいテニスのことを知らずに入部しました!
板谷さん:あはは。知らないと、確かに勘違いしそうですね。
猪狩さん:中学卒業後は、高校の授業で硬式テニスをやった程度です。久しぶりだし、しかも車いすなので、難しそうだなとドキドキ。だいたい1日のレッスンでどこまで上達するものなのでしょうか。
板谷さん:障害のレベルや経験などにもよりますが、競技用の車いすに慣れるだけで1日かかることが多いですね。武井壮さんみたいにラリーまでいくのは、珍しいんですよ。プロの選手たちのプレイを見ると軽々とできているように見えるかもしれませんが、できないのが当たり前なんです。
猪狩さん:ちょっと安心しました!
板谷さん:今回、猪狩さんが車いすテニスにチャレンジしてくれることで、たくさんの人に知ってもらうきっかけになるので、私たちもすごく楽しみにしています。今活躍している選手にとっても、きっと励みになるはず。
猪狩さん:そうだと嬉しいです。TTCでは、車いすテニス選手をずっと育成してきたんですか?
板谷さん:昔は、練習場の床面を傷つけるという理由で、車いすテニスの練習場は数えるほどしかなかったんです。その状況を知った吉田が「傷んだら、直せばいいから」と、はじめたのが約30年前。1992年のバルセロナ五輪にはじめてTTCの出身者が出場したんですよ。
猪狩さん:そんな歴史あるコートで練習できるなんて嬉しいです。今日はかんばります!
板谷さん:一緒にがんばりましょう! 今回は、フィジカルトレーナーの宇治野藍が競技用車いす選びからウォーミングアップまでお手伝いしますよ。
宇治野トレーナー:こんにちは、宇治野です。では、さっそく車いすを選んで、コートに行きましょう!
テニスコートで、宇治野トレーナーと一緒に笑顔でウォーミングアップ!
コートに到着したら、テニス用の車いすに乗り替えてウォーミングアップ。コート内でのUターン、バックでの走行、その場でのターン、体重移動だけで走行する方法など、テニスラケットなしの練習からスタートした。
宇治野トレーナー:車いすの乗り心地はどうですか?
猪狩さん:ほかの競技用車いすよりは背もたれ高め...とはいえ、やっぱり低くて怖いです。両サイドにも支えがほしいくらい(笑)。でも操作は軽いですね。腹筋でがんばって支えていないと、ちょっと怖いけど。
宇治野トレーナー:まずは、この車いすに慣れることからはじめましょう。肩甲骨を後ろに引いて、後ろの方から車輪をこぐといいですよ。
猪狩さん:肩甲骨、肩甲骨...普段、意識してこいでないので難しい~!
宇治野トレーナー:その調子ですよ。じゃ、その場で右側にターンしてみましょう。
猪狩さん:えいっ!(ターン)
宇治野トレーナー:いいですね! どんどんスピードアップしていきましょうか!
猪狩さん:ひゃ〜! スピードアップすると怖い~!
宇治野トレーナー:次は、上半身を左右に振って、体重移動だけで車いすを前進させる練習ですよ〜。
猪狩さん:...こうでしょうか?
宇治野トレーナー:そう、できてますね! ここまでは問題なくクリアです! 次はテニスラケットを持ってこぐ練習をしましょう!
宇治野トレーナー:できてますね! ラケットを持っている右手側のこぐ力がどうしても弱くなるので、強めにこぐように意識してみてください。
猪狩さん:こうでしょうか?
宇治野トレーナー:いいですね! この調子なら、大高コーチをビックリさせられるかも!?
猪狩さん:やったー(笑)! ステージで、マイクを持って車いすをこいでいたからかな。
宇治野トレーナー:そうなんですね! では、次は方向転換の練習です。こういうトレーニングは地味ですが、とても大切なんですよ。
猪狩さん:ちなみに、今、レッスンとしてはどんな段階ですか?
宇治野トレーナー:10段階のうち、0.3くらいでしょうか(笑)
猪狩さん:道のりが遠い! すでにゲームでいうHP(ヒットポイント)が、だいぶ減っています(笑)
トップアスリートとタッグを組む大高コーチと、みっちり60分のガチ練習!
フィジカルトレーナーによるウォーミングアップのあとは、大高優コーチによるレッスンがスタート。大高コーチは、国枝慎吾選手の指導を行うなど、トップアスリートへの指導経験が豊富。猪狩さんには、どんなレッスンが展開されるのか!?
猪狩さん:大高コーチ、よろしくお願いいたします!
大高コーチ:よろしくお願いします。ではさっそく、「スパイダー」をやってもらいましょうか。5カ所に三角コーンがあるので、1カ所ずつ、三角コーンを回ってスタート地点に戻るという動作を繰り返します。よーい...スタート!
猪狩さん:わ。わ。わ。む、むずかしい!!!
大高コーチ:諦めないで、がんばって.........はい、終了〜。
猪狩さん:途中でどこに行けばいいかわからなくなりました(笑)。タイム、どうでしたか?
大高コーチ:2分20秒でした。
猪狩さん:ああ、車いすの操作まだまだですね...
続いて、実際にラケットとボールを使ったレッスンに移行。フォアハンド、バックハンドの練習の後、車いすで移動しながら打つ練習を行った。
大高コーチ:ソフトテニスの経験があるだけあって、スイングはいいですね。
猪狩さん:本当ですか? よかったー
大高コーチ:車いすテニスはバックハンドで打つ時も、硬式テニスより軟式に近いんです。思いきり下から上に打ってみてください。
猪狩さん:ラケットを持ちながらこいで、打つって、見た目以上に難しいですね。
大高コーチ:それができるかどうかが、ひとつのハードルになりますね。でもタイミングもよくなってきました。たくさん、練習してください(笑)
猪狩さん:はい、がんばります。投げてもらったボールに追いつくには、なにかコツがあるのでしょうか?
大高コーチ:車いすを一回止めると、次に動かすのが大変ですよね。だから、動きながら打つようにするといいですよ。勢いを利用して打つことができます。
猪狩さん:常に動いて打つ...大変ですね、これ。
大高コーチ:こぐときは、腕じゃなくて背中を使って。こぐのが楽になると思います。次にサーブもやってみましょう
猪狩さん:はい!
大高コーチ:うん、サーブも完璧ですね。じゃあ、ラリーをしましょうか。
猪狩さん:わー! ラリーまで到達できた!
大高コーチ:車いすテニスでは、2回バウンドしてもOKです。では、いきますよ...1回、2回、3回...おっ、3回までラリーが続きましたね! では、ラリー5回まで続いたら今日の練習は終了です。やはりテニスの楽しみは、ラリーにありますから!
猪狩さん:1、2、3...あ、ダメだ。うーん、難しい! 動きながら打つって、やっぱり難しいです。
大高コーチ:もうひと息! 諦めないで、がんばろう。
猪狩さん:はい!
3〜4回目まで続いては、ボールを返せずやり直すことを繰り返し、日が暮れはじめた頃......ついにラリーは目標の5回に到達! タイミングよく夕方のチャイムが鳴り、真剣勝負のレッスンは終了した。
「思ったより難かしかった〜」。まだ、チャレンジははじまったばかり
チャレンジ前は、打倒!武井壮さん!の心意気で、ラリーまで到達したいと話していた猪狩さん。約2時間にわたる練習を終えて、車いすテニスのイメージはどのように変化したのだろうか。
大高コーチ:おつかれさまでした。猪狩さんはテニス経験があるということで、実力がどの程度かをみながら、フォアハンド、バックハンド、そして車いす操作をしっかり練習してもらおうと思って今日はメニューを組みました。どうでしたか?
猪狩さん:思ったより難しかったですね。とくに車いすをこぐのが大変でした。この調子だと、ちゃんとプレイできるまでに3年はかかりそうです(笑)
大高コーチ:猪狩さんはボールを打つ、飛ばすという力は持っています。初めてだと、まずラケットに当たらないという人も多いんですよ。そして、ラケットを持って、こいで、打つとなるとハードルがさらに上がるんですが、猪狩さんはラリーが5回続きましたよね。ここまでできる人は、少ないですよ!
猪狩さん:ありがとうございます!
大高コーチ:車いすテニスは、通常のテニスと違う面もあって、難しかったですよね。
猪狩さん:そうですね。ジャンプはできないですしね(笑)。
大高コーチ:そう。それに、ボールに追いつくのが大変だから、予測力と判断力が求められます。1回でも車いすでプレイすれば、いかにとんでもないスポーツかわかりますよね!
猪狩さん:本当に! 今日は、思ったよりできなくて悔しかったけど、楽しかったです。家に帰ってトランプで勝つとかしないと、悔しくて今夜は眠れなさそうですが...(笑)。一人前に動けるように、特訓しなきゃ。
大高コーチ:もう少し肩甲骨や背中を使って大きく動かせるようになれば、早く動けるようになりますよ。普段、車いすをこぐときにも、意識して肩甲骨や背中を使ってみてください。
猪狩さん:家でも練習します。
大高コーチ:次の目標は、コートの後方からもラリーができるようになること。テニスは相手がいてゲームができると楽しいですよね。早くそのステージに行って、楽しさを味わってもらいたいです。猪狩さんの目標は?
猪狩さん:やるからには本気で取り組みたいし、片足を突っ込んだだけで『やった』と言うのは違うと思っているので。まずは上手にこげるように、肩甲骨まわりを柔らかくします! あとボールを逃さないようにしたいですね。そして最終的には試合をするのが目標です!
大高コーチ:車いすテニスはやればやるほど、上達します。ただ、覚悟を持ってやらないと難しいスポーツです。本気の人だけステージに上がれるので、あきらめずにがんばってやり続けてください!
猪狩さん:はい! 今日はありがとうございました。次回もよろしくお願いします。
本人は納得がいかず悔しがっていたものの、TTCのスタッフが驚くほどのポテンシャルを発揮した今回のレッスン。最後まで見学していた板谷さんは、「一つひとつチャレンジして、笑顔で諦めない猪狩さんを見ていたら、私も仕事をもっとがんばれるって気持ちになりました」と感慨深そうに話していた。
次回以降、彼女がどのように成長していくのか。本気のチャレンジははじまったばかりだ。
次までの宿題
──素早く車いすをこげるように、肩甲骨を柔らかくする!