バリアフリーってなんだ?──大洗サンビーチ海水浴場の「海族」が親身で車いすを押す理由

2019/06/08

日本初の"ユニバーサルビーチ"として知る人ぞ知る、茨城県の大洗サンビーチ海水浴場。車いす専用の施設や設備が整っているだけでなく、海賊ならぬ"海族"が、親身な心もちでバリアフリー化しているという。いつもは社会の荒波にもまれまくっているコトナル編集部がワイワイと訪れた。

「福祉ではド素人。「だれもが一緒に」って気持ちで、四半世紀やってきた。」

日本初のユニバーサルビーチと聞いて、夏の終わりに駆けつけた

夏の海水浴シーズンには、多くの人で賑わう大洗サンビーチ海水浴場。白浜の広いビーチが続き、海は遠浅で波もおだやか。小さな子ども連れでも楽しめる人気の海水浴スポットだ。その海を守っているのが、海族のジーコ船長率いる仲間たち。ジーコ船長曰く、四半世紀前にこの大洗に流れ着き、仲間とともにユニバーサルビーチ化に取り組んできたという。

編集部・福元:こんにちは〜! ボク、コトナル編集部の福元と申します〜。えっと、今日はユニバーサルビーチの取材に来たのですが...担当の方は...。

ジーコ船長:お〜い。こっち、こっち。担当はオレ、ジーコ船長。海族です。よろしく!

編集部・福元:おっ、ウワサの海族の方ですね。

ヤフー古賀:はじめまして、ヤフーの古賀です。今日はよろしくお願いします! 今年はもう海水浴のシーズンは終わったんですね?

ジーコ船長:そうなんだよ〜。今日は取材だから特別。ちょっと風が強いけど、楽しんでって〜。

仲間のジャリ銭を集めてスタート。いまでは会員数1400人超に!

海族を名乗りながら、豪快な出で立ちで迎えてくれた「大洗サーフ・ライフ・セービングクラブ」代表のジーコ船長。1997年にユニバーサルビーチをスタートして以来20年あまり、だれもが一緒に楽しめる海づくりに取り組んできた。海水浴シーズンになると、車いす専用のトイレ・シャワー、更衣室、ウッドスロープなどを設置し、水陸両用の特殊車いすの無料貸し出しを行っている。

ジーコ船長:水陸両用の特殊車いすの無料貸し出しは会員登録制にしているんだけど、今年、会員が1400人を超えたんだよね。しかも、いまだに会員番号1ケタの人も来てくれる。うれしいよね。

編集部・福元:1400人! すごいですね。1997年にユニバーサルビーチの取り組みをはじめたときも、今のような設備だったんですか?

ジーコ船長:いやいや。最初はね、とにかく「ユニバーサルビーチにするぞ!」って鼻息あらくしていたけど、お金もなかったし、バリアフリーって言葉もまだ浸透していなかった時代だったし。仲間たちでなけなしのジャリ銭をかき集めて「とにかくやるんだ!」って感じよ。トイレは災害用の簡易的なものを用意して、使わなくなったゴザや絨毯を集めて。ありがたいことに自治体が更衣室を1つ置いてくれて、仲のいい建築工務店がスロープをつくってくれたんだよね。

編集部・福元:すごい手作り感ですね。どうしてユニバーサルビーチをはじめようと思ったんですか?

ジーコ船長:オレは、ここにくる前に東京で障害者の水泳教室をやっていたこともあって、大洗では「だれもが一緒に海を楽しむ」っていうのを体現して、全国に発信してやろうって意気込んでいたの。大洗に来て2〜3年した頃かな。あるとき、車いすの子どもとお母さんが駐車場のバスから下りてきて、何度も海を見ては帰ってくる。だから「入らないの?」って聞いたわけ。そうしたら「車いすを預ける場所もないし、更衣室が狭くて車いすも介助の人も入れない」って。

編集部・福元:ふむふむ。

ジーコ船長:もうね、ガビ〜〜〜ンだよね。

編集部・福元、ヤフー古賀:(笑)

ジーコ船長:恥ずかしい気持ちとショックなのと両方。「だれもが一緒に」なんて言いながら、そこから外れている人がいるじゃん!!って。だから、そのお母さんに「車いすの人が海に入るための条件は?」って聞いて、すぐに仲間を集めて「来年からユニバーサルビーチにするぞ!」って決心したの。その親子が、オレの恩人。こうやっていろんな人に教えてもらっているんだよね。よかったら古賀さん、うちの設備で何か気になるところがあったら教えて〜。

ヤフー古賀:そうですね〜、トイレ・シャワーも更衣室も、使いやすいですよ。でも、ボクが使うなら、更衣室の椅子の上にバスマットが敷いてあると、座ったときに滑りにくくて、さらにうれしいかな。

ジーコ船長:よし、採用! よかった、何千万円もかかるような話じゃなくて。がはははは。

ジーコ船長のキャラに圧倒されながら、水陸両用の車いすに乗り替え、いざ海へ。

車いすが必要な人でも海に入れるように、ユニバーサルビーチのスタート時から使われているのが水陸両用の特殊車いす、通称"ランディーズ"。当時の価格で1台約25万円! パンフレットの片隅に小さな写真を見つけて「これだ!」と思ったジーコ船長は、すぐさま作っている人を尋ね、「買えないから、貸してください!」と土下座して頼んだそう。最近は、フランス製の新型を導入したり、全国の海に普及しやすいように自分たちで低価格モデルの開発を進めているところだ。

編集部・福元:あの、ボクたちも水陸両用の特殊車いすに乗らせてもらえますか?

ジーコ船長:あ、乗る? どうぞ、どうぞ。もうね、これ、子どもは特に大喜びよ〜。こないだもお母さんと障害のある子どもが遊んでいたんだけど、お母さんがわざとひっくり返して、子どもがゴホゴホって海水を飲んじゃった。それを見たお母さんが手をたたいて笑っているんだよ。自然って、誰にとってもバリアがあるものだよね。海を楽しむってことは、そのバリアも含めて楽しむことなんだと思う。海から見れば、健常者も障害者も関係ないしね。

編集部・福元:確かに、自然ってバリアそのものですよね。

ジーコ船長:なんて、偉そうに言っているけど、ユニバーサルビーチをはじめた頃は、オレたちも「ひっくり返ったらどうしよう」って、ビビって、ビビって(笑)。ライフジャケットをつけてもらって、救助用の浮き具を持って後ろからこわごわついて行ってた。時間をかけて、経験を重ねて、自然な接し方をみんなに教えてもらったんだよね。

ヤフー古賀:うん。すごくリアリティがあるお話ですね。

ジーコ船長:今なんて「海の水を飲んだら、水を返していけよ〜!」って言っちゃう感じだけどね。がははは。さぁ、海に行こうか。

ヤフー古賀:実はボク、誰かの手を借りて海に入ることに、少し抵抗を感じていました。自分でできないことは、したくないなって。でも、ジーコ船長と大きな海を前にしたら、そんなこだわりも小さくなって、不思議と気持ちもまるくなっている気がします。

ジーコ船長:それはうれしいね。おっとっと、今日は風が強いから、オレ、マリリン・モンローみたいになっちゃったよ。がははは。

編集部・福元:座った視点から見る海は新鮮ですね! 実はちょっと不安だったんですが、すごく気持ちいいです〜! あれ、ちょっと、ちょっと、ジーコ船長、押すスピードが速すぎない!? うわ〜(笑)!

ヤフー古賀:ジーコ船長が、障害のある人の目線に立ってくれているのが分かるから、すごく自然体でいられます。

ジーコ船長:またいつでも遊びにきてよ。 ここでは、海に入ってザブザブと楽しむ人もいるし、半日ぐらい浜に座っている人もいる。それぞれの海水浴を楽しんでもらえるといいなぁ。

施設や設備も大事だけど、一緒に楽しむことこそ"ユニバーサル"

大洗サンビーチ海水浴場の真ん中には、エデュケーションエリアを設けて、砂浜でフラダンスの教室を開いたり、オフシーズンには運動会やウォークイベントを開催したり。障害があるかどうかに関わらず、だれもが一緒に楽しめるイベントも企画している。今年からは盲導犬を連れて海水浴できるエリアも用意した。また、自治体が津波の一時避難所を新設する際には、設計の段階から関わり、最上階まで車いすでも移動できるスロープを付けてもらった。ちなみに、ジーコ船長たちはこの一時避難所を「ユニバーサルビーチセンター」と勝手に呼んでいるそうだ。

ジーコ船長:大洗に来てもう四半世紀だけど、今でも自分は、福祉の世界ではド・素人だって思っている。ユニバーサルとかバリアフリーって、正直に言うと本当の意味では到達できないもん。でも、少しでも近づきたいよね。バリアフリーって言葉は、施設の動線に対して使われることが多いけど、極端な話をすれば「いざとなれば、車いすを担げばいい」とオレは思っている。それより、来てくれた人に「いってらっしゃい」「おかえりなさい」って声をかけたり、おしゃべりしたり、一緒に写真を撮ったり。そうやって、一緒に楽しむことこそが"ユニバーサル"だって信じているんだよね。

編集部・福元:このユニバーサルビーチのおかげで、今まで海を諦めていた人が、海を楽しめるようになったって、すごいことだと思います。

ジーコ船長:うん。やっぱりオレがうれしいのは「はじめて海に来ることができました」っていう声を聞いたときかな。あるとき、重度の障害のある子どもが、服を着たまま水陸両用の車いすに乗って、海岸に行ったら足の先がほんのちょっとだけ波で濡れたんだよ。そしたら「はじめて海というものがわかった」って。お母さんも泣いていたけど、オレも海族なのにうっかり...。そういうシーンの積み重ねが、自分たちを成長させてくれているんだと思う。

編集部・福元:ジーコ船長は、今後、ユニバーサルビーチをどういう風にしていきたいですか?

ジーコ船長:全国に、大洗のユニバーサルビーチを超えるようなスゴいビーチがもっと、もっとできてほしいな。あとは今、2020年に向けてパラスポーツ系が盛りあがっているけど、2020年を過ぎたらどうなるんだろうって心配になるよね。でも、まずは追い風の吹いている2年間で、1mでも2mでも、前に進みたい。どうしたらいいかは分からないんだけどさ(笑)。そうそう、オレの座右の銘って、まだ言ってなかったよね。オレが大事にしている言葉は、「見切り発車」。とにかく、やってみる。がはははは。

写真提供:大洗町役場商工観光課

PROFILE

ジーコ船長(じーこせんちょう)

大洗サーフ・ライフ・セービング・クラブ代表。1997年に日本初の「ユニバーサルビーチ(当時はバリアフリービーチ)」の運営を開始し、水陸両用車椅子の導入や障がい者専用の駐車場や更衣室の設置を推進。2018年、ユニバーサルビーチの利用登録会員数が1400人を突破した。
https://elnino.jp/

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