左利きも人見知りも「レア」だ! 幼少期を6カ国で過ごした絵本作家が提案する「多様性」を考えるヒント

2022/04/22

突然ですが、あなたの利き手は右ですか? 左ですか? そして、右利きなのだとしたら、あなたは左利きの人々が暮らしている世界を想像したことはありますか? 道具を持つ手を変えるだけで、世界がガラッと変わってしまう。そんな当たり前のようでいて、あまり意識されることのない事実を教えてくれる絵本があります。

『ヒミツのひだりききクラブ』(文響社)は、世の中で少しだけ珍しい存在である「左利き」をテーマにした絵本。サウスポー伯爵のお城に招待された読者は、世界各国の左利きの割合や、左利きの偉人、左利きには使いづらい道具など、左利きにまつわるさまざまな「秘密」を見せてもらいます。左利きにとっては「あるある」な話、右利きにとっては「そうなの?」と驚く話。「左利き」という身近な題材を通じて、マイノリティや多様性について考えるきっかけを与えてくれます。

絵本『ヒミツのひだりききクラブ』の書影
絵本『ヒミツのひだりききクラブ』(文響社)

著者のキリーロバ・ナージャさんは、左利きであると同時に、子ども時代を6つの国で過ごしたという希少な体験を持つクリエーター。広告の会社で働きながら、「異分子」として過ごしてきた経験を生かして、アクティブラーニングを実践するチームに所属して教育に関する事業に取り組んだり、6カ国で体験した教育についてメディアで発信したりと、広告の枠を飛び越えた活動をされています。ナージャさんが左利きの絵本に込めた思い、そこには「多様性」について理解するための大きなヒントが隠されていました。

キリーロバ・ナージャさんの写真

キリーロバ・ナージャさん

電通 Bチーム/アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所 クリエーティブ・ディレクター/絵本作家

ソ連(当時)レニングラード生まれ。電通Bチーム クリエーティブ・ディレクター/コピーライター。ロシア、日本、イギリス、フランス、アメリカ、カナダの6カ国でさまざまなアクティブラーニング教育を受けながら育つ。その経験から日本の教育にも、豊かな発想を育む授業の現場を提案したいと考えている。電通入社後は、さまざまな領域に取り組むクリエーティブとして活動し、国内外のプロジェクトを幅広く担当。受賞歴多数。アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所メンバー。絵本作家として、これまでに3冊の絵本を出版している。

人見知りという「欠点」を「チャンス」に変えた発想法

──毎年、住む国が変わるという子どもの頃の環境を、当時はどのように受け止めていましたか。

良くも悪くも私にとってはそれが「普通」だったので、むしろ学年が変わったのに同じ学校にいるという環境のほうが違和感あります(笑)。でもやっぱり最初の頃は、毎年しゃべる言語も変わるし、学校の教育スタイルも変わるので、すごく困りました。おまけに私は、人見知りでもありましたし。嫌だって気持ちはあるんだけど、暴れる以外に自分の意思を伝える術がなかったので、当時はしょっちゅう暴れていましたね。

インタビューに応じるナージャさん

──その逆境を、どう乗り越えたのでしょうか。

人見知りという特性を生かして、クラスの子をじっくり観察してみることにしたんです。この子は何をしているのかな、この子とこの子はどういう関係性なのかなとか。文化が違うからといって相手をすべて否定してしまったら、結局つらいだけじゃないですか。観察する中で、どこかで歩み寄れる部分を見つけ出し、真似できるところから少しずつ真似していく。そうやってクラスの子を理解しようと努めてきました。

──「人見知り」という弱点を武器にしたんですね。

そうですね。人と異なる部分は「欠点」として捉えられがちですけど、考え方や工夫次第では自分にとってチャンスにもなる。子どもの頃の体験を通じて得たその気づきから、やがてアイデアで人を助けたり、人に気づきを与えたりするような仕事をしたいと考えるようになりました。クリエーティブの仕事をしたいと思ったのも、そういった理由からです。

──ナージャさんが広告の会社で、教育に関する取り組みを行うようになったのはなぜでしょうか。

最初は普通に広告を作ったり、コピーライターとしての修行を積んでいたりしていたのですが、教育の仕事に関わろうと思ったのは、6カ国に住んだという経験を、人から面白いと言ってもらったことがきっかけでした。私はそれを特別な体験だとは思っていなかったのですが、よくよく考えると6カ国に移り住んで、しかも異なるスタイルの教育を受けたという人は教育学者の中にもあまりいないはずです。そこから、自分自身の体験を通じて感じたこと、例えば学校や会社が自分に合わなくても他にも生きていく方法はあるんだよとか、弱点だと思っていることもいつか強みになるんだよとか、そういったことを子どもや大人たちに伝えていきたいなと思うようになったんです。

「左利き」は子どもたちがはじめて体験するマイノリティ

──ナージャさんは絵本作家としても活動をされています。"ちょっとユニークな子どもたちを応援する"をテーマに掲げた 「レアキッズ絵本シリーズ」では、「左利き」という、普段はなかなか目につきにくいマイノリティを題材として取り上げられていましたが、「左利き」に着目した理由はなんでしょうか。

私自身も左利きではあるんですけど、実は当時住んでいたロシアで学校の先生に指摘されるまで親も私が左利きであることに気づかなくて、小学校までずっと右利きとして育てられてきたんですよ。

──ええ! そうなんですか。

はい(笑)。そもそも周りに左利きの子がほとんどいませんでしたし、いたとしてもロシアでは日本のように右利きに矯正されてしまうケースが多かったので、私自身も先生に言われるまで左利きの存在を知らなかったくらいです。
それまではスプーンを持ったり、絵を描いたり、お裁縫をしたり、あらゆることを右手でやっていたのでとても不便で、「なんで私ってこんなに不器用なんだろう、おかしいな」とは思っていたんですよね。

幸い、学校の先生が柔軟な考え方だったおかげで矯正されることはありませんでしたが、唯一左利きであるという理由でせっかくクラス代表として選ばれた運動会を補欠になったことは、私にとってショックな出来事でしたね(笑)。

『ヒミツのひだりききクラブ』の内容
国によっても左利きの割合は変わってくる
『ヒミツのひだりききクラブ』の内容
右利きの人は気づきにくいが、生活の至る所にある左利きの不便

──右利きが当たり前の環境のなかで、子どもの頃から不便さや不条理を感じてきたのですね。

そうですね。ただ左利きでよかったと感じることもあって、左利きの人って集まると「習字が書きづらかったよね」とか「改札が不便だよね」とか、あるある話ですぐに盛り上がれるんですよ。左利き同士は絆が強いというか、そういうアットホームなコミュニティがあることはいいなと、思いますね。

私も子どもの頃に左利きの仲間がもっといたらいいなとは思っていたので、絵本のタイトルを『ヒミツのひだりききクラブ』にしたのも、コミュニティ感というか、世界中に左利き仲間がいることを子どもたちに伝えたかったからです。

『ヒミツのひだりききクラブ』の内容
世界中にいる左利きのスターたち

──左利きの子に向けた絵本かと思いきや、本の最後には「右利き諸君へ」という見出しで、右利きの人に向けたメッセージも掲載されています。

左利きって、一番身近なマイノリティだと思うんですよ。もしかしたら、子どもたちが人生ではじめて出会うマイノリティになるのかもしれません。右利きの人には、普段左利きの世界を意識して生活している人は少ないと思いますが、ただ道具を持つ手を左に変えるだけで、全然違う世界に生きている人たちがいるということを、身をもって感じられるはずです。そういう意味で、この絵本が多様性について知るきっかけになればいいなと思い、右利きに向けたメッセージを入れました。

誰もが「レア」を持っている

──絵本のシリーズ名にも入っている「レアキッズ」という言葉はナージャさんが考えられたのでしょうか?

はい。でも「レア」というワードは、クリエーティブ業界にいるマイノリティの方を束ねた「Rare with Google(以下、Rare)」という世界的なカンファレンスに着想を得ています。「Rare」は、オーストラリアのクリエーティブ業界で働いている、貧困層として生まれた女性と、LGBTQの方が2人で立ち上げたイベントで、本当は一人ひとりモノの見方は違うのに、統一された世界で生きていかなきゃいけないのはもったいないよね、という思いで始めたそうです。私も2017年にスピーカーとして招待されてから毎年参加しています。

「Rare」には、弱点も含めた人との違いを「レア」という言葉で、個性や能力としてポジティブに捉える発想があります。それまでは「異分子」として日本で生きてきた私も、Rareに参加したことで、世界にはこんなに異分子がいるんだと知ることができ、仲間に出会えたような感覚というか、すごく励みになったんですよね。実は「レアキッズ」という言葉にも、「Rare」のキッズバージョンが作りたいという思いが込められているんです。

──確かに「レア」という表現には、ポジティブな響きがありますね。

「レアキャラ」という表現もあるように、「レア」には何か珍しくていいものというニュアンスがあって、レアな人なら友だちになってみたい、もしくは自分もレアになってみたいという前向きな気持ちになりますよね。マイノリティという言葉を使うと、弱者というか、数が少ない、声が小さいというニュアンスが出てしまって、いつまでたってもマジョリティとの間にある壁を越えられないような気がするんですよ。それにマジョリティ/マイノリティって、環境が変わればすぐにひっくり返ってしまうモノじゃないですか。多数派と少数派、二元論で捉えるのではなく、みんながそれぞれに違う部分を持っているということを前提に、その違いを「個性」として生かしていく方法を考えたほうが、多様性を誰もが自分ゴト化できますし、お互いに足りない部分を補い合える世界となるのではないでしょうか。

インタビューに応じるナージャさん

──そう考えると、誰もが一つは「レア」な部分を持っているということでしょうか。

はい。本当になんでもいいんです。生まれ育った環境とか、血液型とか、家族構成とか、猫派・犬派とか。あがり症だとか、寝癖がつきやすいとか、自分が欠点だと思っていることでもいいんです。私の場合は、人見知り、移民、左利き、肉を食べない、といったところでしょうか。自分の「レア」がわからなければ人に聞いてみてもいいですし、自分には何もレアな部分はないというなら、それこそ一番の「レア」ですよね(笑)。

──自分はどんなレアキャラなんだろう? と考えると、すごくワクワクしますね。

人との違いを持つことは、自分の可能性について考えるきっかけにもなります。自分はなぜ人と違うのだろうと疑問に思うことから、その違いを生かしてどのようなことができるのかと考えていくことで、「違い」を「個性」に、そして「強み」に変えることができるのです。だからといって「特別」にならなければいけないわけではありません。

左利きは、昔はネガティブなイメージを持たれていましたが、いまでは「左利きには天才が多い」とまで言われるようになっています。でも、それも本人の解釈次第というか、天才を目指したいなら天才を目指せばいいし、普通を目指したいなら普通を目指せばいいんです。誰かの先入観で決めるのではなく、全部、自分で決められるんだよ、ということを私は伝えたいですね。

<取材後記>

「誰もがレアキャラである」、そんなナージャさんの言葉を聞いて、救われるような気持ちになった方は多いのではないでしょうか。人にはそれぞれ違う部分がある、その差異は強みともなり、いかようにも個性として生かすことができる。そして各人が個性を能力として発揮することで、それぞれの弱さを補い合うこともできる。ナージャさんが描く世界観は、これからの社会で「多様性」が輝く理想的なビジョンであるように感じました。

自分のレアを探してみること、そして「左利き」のように、身近にあるレアに思いをはせてみること。「多様性」について考えてみる時に、まずはそこからはじめてみてもいいのかもしれません。

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