現代アーティスト・松嶺貴幸さんが、ヤフー本社にあるオープンコラボレーションスペース「LODGE」で、2019年4月11日〜24日まで、「金継ぎ」をテーマにした体験型アートイベントを開催した。約200人が参加し、完成したアートとは? 松嶺さんの狙い、未来のアートの可能性などについても探っていく。
今回のアートイベントでつないでいく3つのアクション
どんな人でもアーティストに! リレーショナルアートのおもしろさとは?
ヤフー本社内のオープンコラボスペース「LODGE」は、自由でクリエイティブな人々が、さまざまな出会いやアイデアを求めて集うコワーキングスペース。この場所で、リレーショナルアートと呼ばれるユニークな試みが展開された。
主導したのは現代アーティストのTakayuki Matsumine(以下、Taka)さん。リレーショナルアートは、作家が一方的に作品を提示するのではなく、鑑賞者が何らかのカタチで作品制作に関わる、「過程」と「関係」を重視したアートのスタイルだ。参加者が創造性を刺激されたり、新たなコミュニケーションによって楽しさを共有したりという、多くの副産物が生むのが魅力でもある。
参加者のさまざまな化学反応を期待しつつ、この企画を実行に移したTakaさん。創作のテーマについてまずは本人に聞いてみた。
−今回のテーマに「金継ぎ」を選んだ理由は?
日本に古くから存在する伝統技術「金継ぎ」は、壊れてしまったものを修復して、新しい美を生み出す技術。傷とか、欠けた部分を隠すのではなく、金の文様として美に昇華させるんです。
−なるほど、傷を美に変化させていくというのはクリエイティブな試みですね。
そうでしょう? そもそも、人やモノは永遠の存在ではなく、壊れる可能性に満ちているっていうこともメッセージのひとつなんです。
−考えてみればそうですよね。でも、日常ではそれを忘れてしまいがちで、壊れたものや傷などに対して、ネガティブなイメージを持ってしまうことが多い。本来は、壊れるということが当たり前だと知っているはずなのに。
日本人は古くから、傷あとを新たな美に変えていくといった手法を得意としているんですよ。摩擦して、壊れた部分を愛でる文化が「侘び寂び」。そういう感覚を呼び覚ますのも今回の目的のひとつです。
オープンコラボレーションスペース「LODGE」には、ヤフー社員をはじめ、毎日さまざまな人が訪れる。ひときわ目をひくTakaさんのアートに吸引され、多くの人が金継ぎに参加した。
なぜドクロのモチーフを選ぶ? 作品に隠されたメッセージ
−今回のリレーショナルアートのモチーフは、人間の頭部、月、巨大な背景としても機能するメッセージフラワー。それぞれにはどんな意味が込められているのでしょう?
僕の作品にはドクロとか、死のイメージを持つものがたくさん登場するんです。ドクロは「むきだし」っていう意味でもあるんですけどね。そこに「金継ぎ」と同じような和の象徴である月を合わせて。
メッセージフラワーは、アートを鑑賞するだけでなく、発信する側の精神状態も体感してほしいという意味で設置したんです(笑)。意外と自分の気持ちを言葉で表現するのって、難しいでしょ?
−ドクロの金継ぎはとてもおもしろいと感じたんですが、ドクロや死のイメージをアートのテーマとして扱うのはなぜですか?
僕は以前、フリースタイルスキーの練習中にけがをしてしまった。それで首の骨を折り、人生が変わったんです。結果として自分がポジティブな方向に変わっていけたのは、むきだしで生きていくというか、自分をオープンにさらけだしていくというスタイルを確立できたから。「むきだし」ってことを改めて考えていくと、ドクロっていうのは僕にとって非常に親和性の高いモチーフなんです。
−Takaさんはけがをした後、アメリカ西海岸へと旅立ちましたよね。その理由は?
けがをして、病室で寝ているだけの毎日が続くでしょう。見舞いに来てくれる人たちは進学とか就職とか、どんどん変化していく。それなのに自分は何も変わっていない。そういう状況にコンプレックスを感じていたんです。アメリカ西海岸を選んだのは、以前からハリウッド映画に憧れがあったし、何か自分を大きく変えてくれそうな気がしたから。はじめは国際ビジネスを学びに行こうと決めていたんですけどね。
−現地では、映画づくりに関わるアーティストなど、日本では知り合えない人々とつながれたそうですね。
それで、僕はビジネスマンではなく、もっと自分らしいことは何だろうって考えて、アートというキーワードに巡り合えたんです。
−スキーヤーからアーティストへと大きくシフトしたTakaさんの人生。アートを創るということに、戸惑いや難しさを感じませんでしたか?
おもしろさ半分、苦しさ半分という感覚ですね。その作品のとっかかりとなるアイデアに行き着くまでが、まず苦しい。それを乗り越えると今度は楽しさを感じられるようになっていく。以前熱中していたスキーも自分を表現する方法だと思っていたので、アートと同じ。共通する部分も多いんですよ。
−今回のテーマである「金継ぎ」やモチーフになった月など、Takaさんの作品には「和」のテイストを色濃く感じます。その理由は?
日本人のアイデンティティにとても興味があるというのがひとつ。それと、現代アートが欧米のマーケットを中心に動いているというのも大きいですね。構造上、世界中のアーティストが、欧米のマーケットに合わせるようなスタイルになっていってしまう。そうならないよう、日本人らしい表現にこだわっていきたいと考えたら、「和」のテイストがどうしても多くなります。マーケットやビジネスを意識して欧米に合わせるのではなく、自分が何に触れて育ってきたのかを突き詰めていけば当然そうなるんです。
みんなが表現者になれば、世の中はポジティブに変わっていくはず。
−今回は、リレーショナルアートという、いつもとは違う手法を用いた作品をプロデュースされました。実際に開催してみていかがでした?
今回のプロジェクトが自分にとってどんな収穫につながるかは、僕自身も分かりません。でも、参加した方それぞれが、何か発見や気づきを感じてもらえれば。ある意味、予測できないのもリレーショナルアートのおもしろい部分ですからね。
−ボードにメッセージを描くというアクションには、ちょっと戸惑っていた方も多かったように見受けられます。これもTakaさんの狙い通りだった?
アートを鑑賞するのも大切ですけど、表現する側にまわった時の感覚も体験してほしい。その心理状態は多くの人にとって新鮮だったと思います。普段とほんの少しモノを見る角度が変わるとか、何かを見てちょっと心が動くようになったとか。アート表現を体験することには、そんな作用もある。みんなにそういう経験をしてほしいと僕は日頃から思っているんです。
−アートは社会にとって、どんな存在だと考えていますか?
アートは、私たちに新しい視点を提示します。今までなかった視点でものを見ることができる人が増えたら、社会はもっとクリエイティブになっていくじゃないかな。常に新しいものを想像していくチカラが社会になければ、その社会は衰退するしかないですよね。誰かが新しいものを作れば、他の人も刺激されて社会全体の士気も上がっていくでしょう。アートの役割って、ほかにもまだまだあると思います。
新しい視点が、目の前の景色をポジティブに変えていく。
多くの人々がアートを表現する側にまわり、さまざまな気づきを得たであろう今回のプロジェクト。参加者全員のアクションが積み重なって、ひとつの作品を作り上げていくというプロセスからも、アートはアーティストだけのものではないということが感じられた。
「なにげない日常にも、創造性を育むヒントは潜んでいる」と語ってくれたTakaさん。いま当たり前にある景色も、少し見る角度を変えるだけで、違う世界が見えてくるかもしれない。Takaさんの今回のプロジェクトをはじめ、コトナルのコンテンツがそんなきっかけになればと願う。
松嶺貴幸(まつみね・たかゆき)
1985年12月9日生まれ、岩手県雫石町出身。日本は東北、四季を強烈に織りなす岩手県雫石町に生まれる。野生の動植物が喜遊に生息する生命豊かな環境に囲まれて育ちながら、郷土民芸品の継承を担っていた祖父母の影響で幼少期から「ものづくりに」の機会に恵まれた。
2001年フリースタイルスキーの転倒事故により頸椎を骨折、脊髄を損傷。2年8ヶ月病院で治療から、自身の生命と向き合う機会を賜った。生きる欲求と苦悩が強烈に混ざり合い、本能の根底から生の価値観が湧き上がった。
2013年、単身でアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスに渡り、サンタモニカカレッジで1年間学ぶ。 そこで、カリフォルニアのアートやエンターテイメント文化の価値に触発され、アートの世界に飛び込んだ。 現在は、燃えたぎるものを外部に排出し、残像した脳の内部で起こるニューロン・スパークや神経蘇生への欲求、強烈に飛び出し続ける脳波など宇宙論を形成する量子を自身の作品に落とし込み、造形、インスタレーション、テクノロジー&サイエンティフィック・フュージョンをはじめとする作品に、一刻一刻発火し、更新される考察を吐き出している。
http://takayuki-m.com/