「密着!パラアスリートの肖像」〜車いすテニス・眞田卓選手 vol.1〜

2018/09/27

「バコーン!」

重厚感のある音が室内コートに響き渡り、唸りを上げるかのように打球が勢いよく相手コートに突き刺さる──車いすテニスプレーヤー眞田卓。メダル獲得を目指して出場した2016年リオデジャネイロでは前回のロンドンと同じシングルスベスト16に終わり、自らに限界を感じて「引退」の二文字が頭の中をよぎった。本気でアスリートとしての人生に幕を下ろそうとしていた。しかし彼は、再びコートに戻ってきた。

「パラリンピックの悔しさは、パラリンピックでしか晴らせない」

そう語る眞田の視線の先にあるのは、ただ一つ、2020年東京パラリンピックだ。そして、その「本番」を迎える前に、眞田には倒すべき相手がいる。「国枝慎吾」──2008年北京、2012年ロンドンと、車いすテニス史上初めて2大会連続でパラリンピックを制した世界を代表するプレーヤーだ。眞田はまだ、その壁を打ち破れずにいる。

「車いすテニス」のイメージを打ち破る"衝撃のパワフルショット"

眞田選手がプレーする様子

眞田にとって、国内では今シーズン初戦となるのが、4月27~30日に行われる「DUNLOP KOBE OPEN 2018(神戸オープン)」だ。前年は決勝で国枝に敗れ、準優勝に終わっている。その国枝は今年はエントリーしておらず、"リベンジ"の機会はお預けとなった。だが、だからこそ優勝することは当然の使命として、その内容も問われる大事な試合だ。

「今、体の状態もとてもいいので、最高のパフォーマンスで優勝して、いいスタートを切りたいと思っています」と眞田。彼の自慢の武器である右のフォアハンドから繰り出すショットは、健常プレーヤーにもひけをとらないほどパワフルだ。初めて車いすテニスの会場を訪れた観客の中には、眞田のショットに"一目ぼれ"する人も少なくない。

まず、何よりラケットに当たった瞬間の音が違う。どっしりと重みのある、まるで大砲でも撃っているかのような音が鳴り響くのだ。そして、次の瞬間には、勢いよく打球が相手コートに突き刺さる──そんな見る者を魅了してやまない彼のパワフルショットを国内で見ることができるチャンスはそう多くはなく、それだけで会場に足を運ぶ価値がある。

そしてもう一つ、眞田に関して特筆すべきは、世界でただ一人、彼だけが使用している新型の車いすだ。眞田の車いすをよく見ると、シートの中央に突起状のものが付けられている。オートバイのシートに似せた「ニーグリップ」だ。そのグリップを両脚で挟むことによって、より下半身の力を利用することができる。打球の威力、チェアワークの速さなど、すでに効果が生まれている。神戸オープンではさらに操作性を高めた最新型が初披露される。

眞田選手がプレーする様子

その神戸オープンは、男子では世界ランキング1ケタ台は眞田ただ一人。圧倒的な強さを見せつけ、シーズン最初の国内戦で、最高のスタートを切りたいところだ。そして、その先に待ち受けているのが、10月にインドネシアで行われる「アジアパラ競技大会」だ。4年に一度の「アジア最高峰の大会」で、前回の2014年では、眞田はシングルス決勝で国枝にストレート負けを喫した。「パラリンピックの悔しさはパラリンピックで」ならば、「アジパラの悔しさはアジパラで」ということになる。

「4年前は、国枝さんがシングルス、ダブルスで金メダル。僕はシングルスで銀、ダブルスで金という結果でした。今年はそれを逆転させて、僕が金を2つ持って帰りたいと思っています」

「見えない敵」に押しつぶされた3年前の敗戦

眞田選手の笑顔

現在、国枝との勝負は5戦全敗。練習では何度も勝ったことがあるものの、実戦となると、未だ打ち破れていない。なかでも眞田にとって忘れることができない敗戦が、2015年12月にロンドンで行われた世界マスターズだ。世界ランキングのトップ8のみが出場することのできる名誉ある同大会で、眞田は予選リーグで国枝と対戦した。

その第1セット、ゲームカウント5-2と大きくリードしていたのは、眞田の方だった。あと1ゲームを取れば、第1セットを先取し、有利な展開となる。国枝から初白星を挙げる大きなチャンスが訪れていた。

ところが、眞田に思わぬ落とし穴が待ち受けていた──。

第7ゲームを終え、コートチェンジのために2人は一度ベンチに戻った。そして、再びコートへと戻る際、いつもなら余裕をもってコートへと向かう国枝が、その時ばかりは審判から促されるまでベンチから動こうとしなかった。そんないつもとは違う国枝の姿に、眞田は戸惑った。

「もしかして、俺をかく乱するためにわざと? これも国枝さんの戦略なのだろうか......」

そんな疑念が、眞田からそれまでの高い集中力を失わせ、プレーを乱した。第8ゲーム、眞田はそれまで好調だったサーブを3本連続でダブルフォルトとミスを連発し、ブレイクを許してしまった。おそらく国枝は、この第8ゲームに勝機を見出したに違いない。実際、勝負の流れは一転し、国枝が5ゲーム連続で奪い、結局、逆転で第1セットを先取してしまったのだ。そして、第2セットに入っても、眞田は流れを引き戻すことができず、結局ストレート負けを喫した。

「国枝さんにというよりも、自分の中の見えない敵にメンタルをやられてしまって負けたという感じでした」

自ら勝機を逃した、あまりにも悔しい"国枝戦"として今も強く印象に残っている。

真剣な表情の眞田選手

あれから3年。すでに眞田の頭の中では、国枝に勝つイメージはできている。

「口に出して言うことはできませんが、国枝さんのプレーの傾向も分析して、どうすれば勝機を見出せるかはわかっているつもりです。もちろん国枝さんも、僕のプレーは研究し尽くしていると思うので、なんとかその裏をかいたプレーができるように、今一つ一つプレーの精度を高めていっているところです」そして、こう続けた。

「10月のアジパラまでには、間に合わせるつもりです」

そう遠くない日、「驚異的なライバル」として、国枝の前に立つ眞田の姿が見られるに違いない。アジパラ二冠に向けて、まずは国内初戦の神戸オープンで他を圧倒する強さで優勝し、最高のシーズンスタートを切るつもりだ。

PROFILE

眞田卓(さなだ・たかし)

1985年6月8日、栃木県生まれ。中学時代にはソフトテニスで県大会ベスト4進出。19歳の時にバイク事故で右膝関節の下を切断。入院中、リハビリで車いすテニスと出合い、2011年からパラリンピックを目指し、本格始動。翌2012年ロンドンパラリンピックに出場し、シングルスでベスト16、ダブルスでベスト8。世界マスターズには2014年、2015年と2年連続で出場。日本マスターズでは2015年に初優勝を果たした。

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