手厚い支援が盛り上げのカギ──「パラスポーツ先進国」英国の現場を訪ねて

2018/12/13

2020年東京パラリンピックで、パラバドミントンとともに初めて正式競技となるパラテコンドー。正式競技に採用されたこともあり、世界的に増加傾向にあるパラテコンドーの競技人口だが、世界でのパラテコンドーの競技人口は300人程度といわれている。しかし、オンライン統計会社大手のスタティスタ社によると、英国では、2015年から16年におよそ2万5000人がパラテコンドーに取り組んだという。英国ではなぜこのようにパラスポーツが盛り上がっているのだろうか──。「パラスポーツ先進国」・英国の現場を訪ね、その背景を探った。

手厚いサポートを受ける選手たち

「足技のボクシング」ともいわれるテコンドーは、華麗な技術の応酬が魅力の競技だ。発祥の地である韓国では国技とされる近代武術で、かかと落としや後ろ回し蹴りなど代表的な技のほか、1200種類の足技と2000種類の手技で構成されている。パラテコンドーも統括するワールドテコンドー (WT) には200か国以上が加盟、テコンドーの競技人口は7000万人に及ぶといわれている。パラテコンドーは2009年に初の世界選手権が実施された新しい競技だが、頭への攻撃が禁止されているほかは、ほぼテコンドーと同じルールということもあり、競技人口も増えている。

なぜ英国で、パラテコンドーの人気が高まっているのだろうか。その理由のひとつは、ロールモデルとなる選手の存在だ。

生まれつき左の前腕がない、英国北西部出身のエイミー・トゥルーズデール(Amy Truesdale)選手は、英国民から活躍を期待される選手の一人だ。両親のすすめで8歳から本格的にテコンドーを始めたエイミー選手は、地域のクラブで健常者とともにトレーニングを積みながら技を磨き、58キロ級で世界ランク1位のトップアスリートに上り詰めた。

トレーニング中のエイミー・トゥルーズデール選手

現在は、マンチェスターのナショナル・テコンドー・センターで1週間に17時間のトレーニングを続けている。毎日2回行われる集合練習のほか、チームメイトやコーチとの練習試合やスパーリング、もちろん、ジムでのウエイトトレーニング、敏捷性や柔軟性を鍛えあげるコンディショニングにも取り組んでいる。

こうした集中プログラムなどの手厚いサポートを受けているのは、エイミー選手だけではない。彼女を含む4人のパラテコンドー選手たちが強化戦略のもとに選抜されている。財政的な支援によって、最先端の施設での合同練習が可能となっているだけでなく、国際大会出場に必要なランキングポイントを得るための、海外の競技会への遠征もサポートされているのだ。

「世界中で認知度が高まっていることはとてもうれしいことです。初めて世界選手権が開催された2009年から、パラテコンドーが理解されるようになることをずっと望んでいました」とエイミー選手は話す。

「ロンドン2012パラリンピックから、さまざまなパラスポーツについてのニュースや競技の紹介を目にしてきました。それは多くのメディアが取り上げるようになったおかげだし、とても多くのパラアスリートがいて、彼らがロールモデルになっていることが障害者を元気づけていると思うのです」

ナショナル・テコンドー・センターには、選手たちのトレーニングに必要な設備が整っている

ロールモデルとなるスター選手の存在だけではなく、その選手らを支える取り組みも大きく影響している。英国でトップレベルのアスリートを指導するエリート・コーチで、自らもテコンドー選手だったアンドリュー・ディアーさんは、「英国では、卓越した選手たちをサポートする取り組みにより、パラスポーツへの理解が進み、パラテコンドーだけでなく、すべてのパラスポーツへの人気が高まっているのです」と話す。

英国ではどのような支援が行われているのだろうか。ディアーさんは、英国のエリートスポーツ政策を担う公的機関「UKスポーツ」の存在を挙げる。

UKスポーツは、英国のエリートスポーツ政策を担う公的機関で、オリンピックとパラリンピックに関わるスポーツに国営の宝くじによる資金を提供している。今回、新たに43万5000ポンド(約6000万円)がパラリンピックに向けてパラテコンドーに交付されることになった。

資金調達のほか、国内のさまざまな才能ある選手の発掘も行っており、「パラアスリート、あるいは潜在能力のある障害者にスポーツの適性を調べるチャンスが提供されています」とディアーさんは話す。

パーソナル・トレイナーからウエイトトレーニングの指導を受ける車いすの男性(イメージ:iStock)

また、高名なVIPが関心を寄せていることも追い風だ。ハリー王子は2014年、退役兵を含めた傷病兵らによる世界的なスポーツイベント「インヴィクタス・ゲーム」を立ち上げており、こうした取り組みも英国の人々のパラスポーツ人気につながっているという。

アスリートのパフォーマンスが、人々の意識を変える

2012年のロンドンパラリンピックは、チケットが連日完売し、「史上最も成功したパラリンピック」とされている。ニールセン社の報告書によると、「パラリンピックが障害者に思いを巡らすきっかけになった」と考えるようになった人々の割合は、パラリンピックが開催される数か月前には34%にしかすぎなかったのに対し、ロンドン2012パラリンピックの後、64%にまで上昇したという。

英国パラリンピック協会(BPA)の統括責任者、ペニー・ブリスコー爵士は、「私が2001年にBPAに加わった時に、パラスポーツ全体でフルタイムのコーチは二人だけしかいませんでした。実のところ彼らはコーチというよりは、一人はパラ陸上、もう一人はパラ水泳の担当者にすぎなかったのです。それが今では、UKスポーツのおかげで、すべてのスポーツに十分な資金や人が供給されるようになりました」と振り返る。

英国パラリンピック・フェンシングチームの選手たちとペニー・ブリスコー・英国パラリンピック協会統括責任者(提供:onEdition)

「私たちは二つの野心を持って、ロンドン2012パラリンピックに臨みました。もちろん、私たちは競技面での成功を求めていましたが、それだけではなく、人々が障害者についてどのように感じるか、その意識を変えるきっかけとなることを望んでいたのです。競技場でのアスリートたちのパフォーマンスは、次世代の人々に刺激を与え、スポーツをしたいという人々の思いにも火をつけるのですから」

財政的支援がアスリートを育て、アスリートに魅せられた多くの人々が、障害者への意識を変えていく──。2017年に開催されたワールドゲームズの実施競技にはパラスポーツもいくつか含まれていたが、英国では、ワールドゲームズに注目が集まったことにより、障害者への意識が変化したという調査結果も明らかになっている。

スポーツジムでコーチと会話する車いすの少女(イメージ:iStock)

しかし、まだ課題も残る。スポーツ・イングランド(スポーツ振興を推進する公的機関)によると、あまり体を動かさない障害者は43%。健常者の21%に対し、およそ2倍だ。

アクティビティ・アライアンス(旧英国障害者スポーツ連盟)のような慈善団体はこうした状況を変えようと、健常者、障害者が一緒になって、いきいきした生活にチャレンジするコミュニティ作りに取り組んでいる。

2019年末までに、1万6500人が3万を超える催しに参加することを目指すほか、2000人以上のボランティアに対し、コーチングスキルを向上させるための研修などへの参加を呼びかけている。また、より多くの障害者にスポーツをしてもらうため、スポーツクラブ向けの無料のオンラインツールの開発にも取り組んでいる。この取り組みは、2014年に創設された、スポーツ界で最も革新的なテクノロジーを表彰する「スポーツ・テクノロジー・アワード」のファイナリストにも選ばれた。

健常者や障害者が一体となって参加できる様々な催しが、英国各地で開催されている(イメージ:onEdition)

アクティビティ・アライアンスの副最高経営責任者、アンディー・ダルビー・ウェルシュさんは、「世界的なパラスポーツの大きなイベントが、スポーツやさまざまな活動に参加する機会を求める障害者の関心を高めるきっかけになることは疑いようのないことです」と話す。

ウェルシュさんは続ける。「しかし、本当のチャレンジは、その関心が、継続性がある、そして有意義な参加につながるようにしていくことです。障害者は、地元のジムを利用するのか、パラリンピックで金メダルを獲得するのかはともかく、いずれにせよ活動的になる権利を持っているのです」

日本のパラスポーツ発展に向けて

英国のように、日本でもパラスポーツの発展を加速することはできるのだろうか。国内外の大会費用や強化資金にパラスポーツ各団体が苦労している現状もあり、「うらやましい」の一言で終わってしまうかもしれない。一方で、日本でもパラスポーツへの民間の支援で、パラテコンドーが健常者の大会との共催ではなく、単独での開催が実現するなどの動きが出始めている。そうした流れを継続できるかが今後の課題となるだろう。

ナショナル・テコンドー・センターでインタビューに答えるエイミー・トゥルーズデール選手

前述のエイミー選手は、日本のパラアスリートに向けて、SNSなどを利用して国内外の選手と関係を築き、お互いのトレーニングなどの情報を交換したり、情報選手自らが積極的な情報発信を行ったりすることも重要だと話す。

「(世界的な競技で結果を残すためには)たいへんな決意と自信が必要です。その長い道のりの中には、多くの犠牲があることを理解する必要もあります。困難を乗り越えるためには、素晴らしいサポートをしてくれる環境や、周囲の前向きな人々が必要なのです」

PROFILE

Amy Truesdale(エイミー・トゥルーズデール)

1989年、英国・チェスター市生まれ。両親のすすめで8歳から本格的にテコンドーを始める。生まれつき左の前腕がないという障がいがあるが、「スポーツができない理由にはしたくない」と、タップダンス、バレー、水泳などにも取り組む中で、パラテコンドーに専念することを決意。地域のクラブで健常者とともにトレーニングを積んだ。2014年と17年の世界選手権で金メダルを獲得。
https://www.instagram.com/truesdaleamy/

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