相談できない自分は、ひとりぼっち? 星野概念さんに「相談についての相談」をしてみた

2024/01/29

みなさんは普段、悩みごとを誰に相談していますか?

周囲の人に気軽に相談できる方もいれば、誰にも相談できず一人で溜め込んでしまう方もいるかもしれません。

かく言う私は、完全に後者のタイプ。他愛ない話をしたり、人の相談に乗ることはできるのに、なぜか自分の悩みごとを人に相談することができませんでした。

そんな私も数年前からオンラインでカウンセリングを受け始め、ようやく「相談できる場所」ができました。他者とともに自分の悩みを掘り進めていく作業は大変興味深く、そのプロセスは自著『死ぬまで生きる日記』にも記録しています。

だけど、もっと手前の段階で気軽に周囲の人に相談できるようになったら、もっと生きやすくなるのでは......と考え続けています。

もしかしたら、私と同じようなことを感じている方も多いのではないでしょうか。

人と繋がりやすくなったことで、逆に生きづらさを抱えがちな現代。相談をすることへのハードルは、ますます高くなっているような気がします。

どうして自分は相談できないんだろう?
相談できない自分でも、人とつながることはできるのだろうか?


今回はそんな悩みを、精神科医の星野概念さんに相談させていただきました。

いとうせいこうさんとの共著『ラブという薬』や、オープンダイアローグ(※)のアプローチをサウナと組み合わせた取り組み「メンタルヘルススーパー銭湯」などで、対話を身近に感じる発信をしていらっしゃる星野さん。

そんな星野さんは、「相談」についてどんなふうに考えていらっしゃるのでしょうか?

※オープンダイアローグ
直訳すれば「開かれた対話」。患者の抱える悩みについて、専門家や家族、友人などが集まって対話を重ねることで、当事者のつらさがゆるんでいくという精神科医療の取り組み。

話を聞いた人:星野概念

精神科医として働くかたわら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』(2018)、『自由というサプリ』(2019)(ともにリトル・モア)、単著『ないようである、かもしれない〜発酵ラブな精神科医の妄言』(2021)(ミシマ社)、『こころをそのまま感じられたら』(2023)(講談社)がある。


聞き手:土門蘭

1985年広島生まれ、京都在住。小説・短歌などの文芸作品や、インタビュー記事の執筆を行う。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(寺田マユミとの共著)、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』、エッセイ『そもそも交換日記』(桜林直子との共著)。2023年4月には、2年間の自身のカウンセリングの記録を綴ったエッセイ『死ぬまで生きる日記』を上梓。

星野さんも、相談できない?

星野さん(左)と土門蘭(右)。インタビューはZoomで行いました

──私はもともと人にあまり相談ができず、一人で抱え込む癖があるのですが、それでは立ち行かなくなり3年ほど前からカウンセリングを受け始めました。でも、もうちょっと手前の部分から、人に気軽に相談できたらいいのになとずっと思っていて......。今日は星野さんに相談についての相談をしたいなと思っています。

はい、よろしくお願いいたします。

──ちなみに、星野さんには相談するお相手っていらっしゃるんですか。

僕もあんまりいないんですよね。カウンセリングも通いたいんですけど、なかなか腰が重くて......。

──えっ、そうなんですか。

相談って、そんな簡単じゃないんですよね。例えば、めちゃくちゃ歯が痛かったら歯医者に行くけど、時々痛くなるくらいだったら行かないじゃないですか。カウンセリングもそうで、めちゃくちゃ困っているなら行くけど、まあ何とか自分でこの悩みを持っておけるかな?って感じなので。相談できる相手がいればいいなとはずっと思っているんですけど......。

──星野さんも相談できないタイプだとは意外でしたが、ちょっと安心しました。ぜひ今日は、そんな星野さんが考える「相談」についていろいろと聞かせてください。

相談できないことからくる、孤立への恐れ

星野さんといとうせいこうさんの共著『ラブという薬』。本書の中で、いとうせいこうさんも「相談するのってハードルが高い」と語っている。

──まずは精神科医である星野さんに、そもそも「相談」とは何か、「相談」の効能とは何か、を教えていただきたいのですが。

「困っていることを一人で持ち続けなくていいんだ」と思えること。これが、相談の効能だと思います。人が「相談をしよう」と思うのって、何かで困っている時なはず。要するに、自分の中でつまずいていることを人に開示するのが「相談」だとすると、それってなかなかハードルが高いことではないかなと。

──確かにそうですよね。

そのハードルを超えて相談をするためには、安心や安全、信頼が必須です。それを感じられる場所があること自体、僕たちの助けになります。

でも極端な話、どこにも安心できる場所がないと、一人で警戒しながら過ごすしかないですよね。一人でいることを自ら選ぶ「孤独」ならありだけれど、そうじゃないのに「孤立」してしまう状態って、すごくきついと思うんです。相談できる人や場所が思い浮かぶことは、困りごとが直接解決しないにしても、その孤立を緩めるという効果があるのかなと思います。

──ああ、まさに私が星野さんに相談したかったのはそこかもしれません。「相談ができない」ことで困っているというよりは、「私って人を信じられていないのかもしれないな」という、孤立への恐れみたいなものを感じていたような気がします。

はい、はい。

「お金を払わないと相談できない」は自然なこと?

──私は、プロにお金を払って「情報が絶対に外に出ない」と保証されて、ようやく悩みを打ち明けられるタイプなんですが、本心では「もっと人を信じられたらいいな」と思っているんです。「安心、安全、信頼」を感じられる場所を身近に作るには、どうしたらいいのでしょうか。

そこは僕は、割と慎重に考えているんですよね。内容にもよりますけど、そんなに簡単に相談できないんじゃないかなと思っていて。困りごとを人に話すのが怖いと思うのは当たり前だし、簡単に話すべきでもないんじゃないかなと。

相手が相談を受けるモードになっていれば相談してもいいと思うけど、そうじゃないと相談する側が簡潔にまとめて、分かりやすく話さないといけなくなる。でも、困りごとってそんなに簡単なものでもないじゃないですか。

──確かに。

もちろん、簡単な困りごともありますよ。「印鑑証明ってどうやったら取れるかな」とか、明らかに答えがあるものとかね。でも、もっと込み入った困りごとって、込み入ったまま相談をする方がいいと思うんです。

──はい、はい。

だけどそうなると、僕は相談される側も覚悟が必要なんじゃないかなって気がしてて。最初は親身に聞いていたのに、途中で飽きちゃったりとか、面倒になってLINEを返さなくなったりとかすると、相談した側は「ああ、私が込み入った話をしているのが嫌になっちゃったんだな」って、ありありとわかるじゃないですか。その現象って、すごく傷つくと思うんですよ。

──それは傷つきますよね。

最初は希望っぽいものが見えていたのに、それがまた絶望に変わるのって、すごく落差があってきついことじゃないでしょうか。

だから、土門さんが「お金を払わないと相談できない」っていうのは、僕はすごく大事というか、安全性がある感覚だなと思います。お金が発生するというのは、ある種の「約束」なんですよね。「決められた時間は必ず相談乗ります。いい加減なことをしません」っていう約束を、お金と交換している。それってすごくわかりやすい。

──確かに......。「困りごとを話す / 受け取る」という行為自体そもそも難しいんだと、ちゃんと認識しておくことは大事ですね。

相談にはセッティングが必要

星野さんが主催する「メンタルヘルススーパー銭湯」の様子。星野さんはこうした悩み事を話しやすい場づくりにも取り組んでいる(©️神田ポート 撮影:池ノ谷侑花(ゆかい))

また、相談において「もう大丈夫、気が済んだ」って決めるのは相談者だと思うんです。それまでは、相談に乗り続けることが必要じゃないかなって思います。

だから、僕がもしカウンセリングじゃない場所で相談するとしたら、「40分だけ相談に乗ってくれない? 1杯奢るから」みたいな感じでお願いすると思います。そんなふうに終わり方を明確にする。

診察室で自分が相談を受ける側だったとしても、必ずそこは大事にしていますね。「じゃあ、これから30分間お話を聞きますね」みたいに相手と約束する。すると、全力で話を聞けるんですよね。そんなふうにセッティングさえ整えれば、安心感が出て相談しやすくなると思います。

──お話をうかがっていて、自分に対しての認識が少し変わっていきました。これまでは「お金を払わないと相談できないなんて寂しいやつだな」と思っていたんですけど、実は自分にとって安心・安全な場所を選び取っているということであり、相手に負担をかけないように配慮しているとも言えるんだなと思って。

うん、そうだと思います。相手の人との関係性や距離感を大事にしたいじゃないですか。ずっと繋がっていたいと思うし。

──そうですね。

だからこそ、込み入ったことについては話せる場所でのみ話すようにした方がいいと思う。そこは結構、人間関係において大事なんじゃないでしょうか。

「雑談」と「相談」を切り分ける

『死ぬまで生きる日記(左)』は、筆者が2年間のカウンセリングの記録を綴ったエッセイ。

まあ、普段の生活で、お茶しながら「実は相談があるんだよね」って言える場所があればいいのかもしれないけど、そもそも雑談と相談って入り口が違いますしね。

──「雑談と相談は違う」、ですか。

はい。雑談にも、孤立を緩める効能はあると思います。だけど、雑談で困りごとを解決できるっていうのは、よほど上手い人じゃないと無理です。

──そう言われてみると、これまで自分の中で雑談と相談がごちゃごちゃになっていたのかもしれません。雑談のより高度なもの、より親密なものが相談だと捉えていたような......。

でも、そもそも雑談もそんなに簡単にできるものではない気がするんですよね。波長が合っていないと雑談って難しい気がします。でもさっきも言ったように、相談はセッティングをすればできるので。

──おもしろいですね。今まで逆だと思っていました。雑談は誰とでもできるけど、相談はむしろ波長が合っていないとできないのかなって。

だって、ソリが合わない上司と雑談できなくないですか? 雑談って「したい」と思ってするものだから。でも相談は「する」と決めたらする、「受ける」と決めたら受けるもののような気がします。

──確かにそうですね。

あと、雑談はいつでも終わらせられますよね。しゃべっていて疲れてきたら「じゃあそろそろ行くね」とか言えちゃう。でも相談は、相談する側が「もう大丈夫です」って終わらせるものだから「何か面倒くさくなってきたからやめていい?」とは言えないですよね。

それが雑談中だったら「まあ大した話じゃないからいいけどさ」みたいな感じで流せるけれど、相談中は大した話をしてるんだから、ちゃんと受け取ってほしいわけで。

──なるほど。雑談は波長でするもの、相談は意図的にするものということか......。雑談と相談が入り混じっていると、傷ついたり傷つけるリスクが上がりますね。

相談してるのに相手が携帯見始めたりしたら嫌じゃないですか。「これもう興味なくしてるじゃん」みたいな。だから今話しているのは、相談なのか雑談なのか、お互いにはっきりさせられるといいですよね。

ただ、人によっては雑談的に相談を始めることもあるので、僕はそういう場合、相談モードに切り替えるようにしています。「あ、これは相談だな」って感じたら、「その話は大事なことだよね、ちゃんと聞くわ」って相談スイッチを入れたり、「いい加減に聞けない内容だから、ちゃんと時間ある時に聞くわ」と日を改めたり。

スイッチが入ってないときに相談されると、ちゃんと受け取れないんですよね。気づいたら巻き込まれていて疲れちゃった、みたいな感じになってしまうこともあるので。

──本当ですね。

星野さんは精神科医として働くかたわらで、音楽活動も行っている(撮影:山川哲矢)

──今日のインタビューの冒頭で、星野さんが相談の効能について「困っていることをひとりで持ち続けなくていいんだ」と思えること、と話されてましたけど、それって逆に言えば「誰かに持たせちゃう」ことでもあるわけで。

まさにそうなんですよね。

──だから、それが怖いのは当然だなぁと気づきました。もしそうしたいなら、ちゃんとセッティングをするっていう方法を教わった気がします。

そうそう。相談される側も、「重いから持つよ」って言って持ち始めたのに、だんだんと指が1本離れ、2本離れ、気づいたら手が離れている......ってこと、よくあると思うんですよ。そして相談している側は、だんだん手が離れているなってことを敏感に感じとる。

──ああ......。

だからこそ、お互いに時間をセッティングしたほうがいい。「この時間はあなたの荷物を持っているから安心してね」と。

それでだんだん「ちょっとごめん、1時間でいいから話聞いてくれない?」とか言うのに慣れてくると、「あの人は40分ぐらいだったら話聞いてくれんだよな」ってわかるようになるじゃないですか。そうすると、困った時にその人の顔が思い浮かぶようになる。

それって「ひとりぼっちじゃなくなっていく」ことだと思うんですよ。話を聞いてくれる人がいるってことですからね。実際は簡単じゃないとは思うけど、理屈としてはそういうことだよなと思います。

──ああ、その「ひとりぼっちじゃなくなっていく」感覚は、まさに私自身カウンセリングを通して実感したことですね。

誰にも相談できなかった時は、ネガティブな感情に襲われるのがすごく怖かったんですよ。ひとりでどうにかしないといけないと思っていたから。

でもカウンセリングを定期的にするようになってからは、ひとりでそれに対処しなくていいんだとわかって、あまり怖くなくなりました。一時的にでも、一緒に荷物を持ってくれる人がいる。そう思える相手がひとりでもいるだけで、心が軽くなるものなんですね。

相談できないときは、セルフケアを

──星野さんは相談する相手があまりいないとおっしゃっていましたが、今はお一人でもなんとかやり過ごせる状態なんですか?

まあ、何とか自分で荷物を持っておける、と言えば持っておけるんですけど。でも、日によってはすごくどんよりしてたり、「これはもうきついわー」みたいな時もやっぱりあります。

そういう時、誰かに話を聞いてもらいたいとは思うんですけど、なんか連絡するのも面倒くさいしなとか思って、自分の中に溜めていっちゃって悪酔いすることはありますね。

──悪酔いしそうな時はどう対処されているんですか?

自分なりのセルフケアをしていますね。僕は瞑想するのが好きなんです。迷う方の迷走は常にしていますけどね、それもダッシュで(笑)。

──(笑)。

あとは本を読んだり動画を観たり。それから占いに頼ることもあります。占いって半信半疑で聞けるし、別に僕の荷物を持ってくれるわけではないから、それがちょうど良くて。

この間も占い師さんに「今僕は常勤先の病院を辞めてフラフラしているんですけど、この歳でそんなことしていていいのかなって悩んでるんです」と言ったら、「いや、今あなたは天中殺だからそれでいいんだ」とか言われて。もう、その日は気分晴れまくりですよね。そっか、天中殺だからフラフラしてていいんだ、みたいな(笑)。

そんなふうにいろんな気分転換でどうにか紛らわしていますけど、根っこのしんどさは全然取れないんですよ。そこにアプローチしてみたいなって気持ちもあるけど、まあめちゃくちゃ痛い状態ではないし、何もせずにいる。でも、そういう自分の根っこが刺激されるような場面になると、すごく余裕がなくなったりとか、喋れなくなったりとかはありますね

──星野さんでもそういうことがあるんですね。だけど、もし相談できなかったとしても、相談に代わるものを持っておくと、痛みを和らげることはできるのかもなと。そういうものをいくつか持っておくのは大事ですね。

そうですね、ある程度は対処できると思います。ただ、本当は相談できる人がいるといいんですけどね。「今度会ったらこのことを話そう」って思える人とか。

......あ、よく考えたら、僕のところにいらっしゃる方はよくそうおっしゃってますね。「星野さんに話そうと思ってたことがあるんです」って。皆さんそんなふうに思ってくれているのかもしれないなぁ。

あとがき

これまで私は「なんでも話せる」ことが信頼の証のように感じていました。

だけど星野さんから「雑談と相談は違う」と聞いて、相談できないからと言って相手を信じていないわけではなかったこと、むしろ相手を大切に思っているからこそできなかったことを自覚でき、心が軽くなりました。

そして、安心して相談するためには「セッティング」が重要だと知ったことで、もしかしたら今後相談できる相手を増やせるのではないか、という気がしています。

「ひとりぼっちじゃなくなっていく」感覚を与えてくれる「相談」というもの。

そんな「相談」について相談する中で、実は星野さんも苦戦しているのだと知り、難しいと感じているのは私一人ではないんだなと慰められもした時間でした。

今はまだ相談できる相手が思いつかなくても、同じように悩んでいる人がいると知るだけで、「ひとりぼっち」じゃない感覚は得られるのかも。

大切なのは相談そのものではなく、「ひとりぼっちじゃなくなっていく」感覚を少しでも味わうことなのかもしれません。

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